-regret- フレイに言葉を止めたれてから、キラはどうしていいのか分からず、その場に立ち尽くしていた。 肝心のフレイはといえば、自分が話すと言ったきりキラから視線を外し、口を動かす気配が無い。 気付くと、ゆっくりと顔を上げるフレイと視線が重なった。 キラは焦ったが、それ以上に何を言うか分からない彼女に内心身構えた。 「覚えてる?これ・・・。」 突然の問われた言葉に些か困惑したキラだが、それとほぼ同時に彼女が上げた腕に目を取られた。 その白く細い手先の一箇所がキラリと光り、辺りを一瞬華やかなものにさせた。 驚いたキラが今度はしっかりと光った元を見つめ、次の瞬間には目を見開いていた。 「あ・・・・・・。」 それは、いつかまだ二人が同じ時を過ごしていた頃、彼女にあげた指輪だった。 離れた期間に既に捨てたものだと思っていたが、まさか未だ付けてくれているとは思わなかった。 フレイはキラが見やすい位置にあった手を今度は自分の近くにもっていき、その指輪を見つめた。 先程よりずっと間近になった光を瞳に映し、そして一度目を閉じる。 再度開きキラに向き直った瞳には、また違う色が輝いていた。 「ザフトに連れた行かれた時は、もう二度とみんなの所には戻れないと思った。殺されると思ったわ。」 先程のラクスの様に無表情で話す彼女は、何を考えているのか全く分からない。 だが言葉が途切れると再び視線を外し、前髪で瞳が遮られた。 その瞬間彼女の雰囲気が変わった。ほんの僅かだが、何か諦めのようなものを感じた。 俯き隠された顔が、自照の笑みを浮かべた気がしたから。 「コーディネイターに殺される位なら、自分の手で死んだほうがマシ、って考えた事もあった。」 「え・・・!?」 「それでも踏みとどまって、今私がここにいるのは・・・この指輪のおかげ。」 一度は死のうと思っていた事を知り驚いたキラだが、その後のフレイの言葉に耳を疑った。 彼女は自分の手に光る指輪を見つめている。 死ぬ、と壮大な覚悟をした彼女が自分のあげた指輪でそれを踏みとどまらせたなど、自分には信じる事が出来なかった。 唖然として見ているキラが目の端に移ったのか、フレイは見開いているキラの瞳を見、優しく微笑んだ。 「あなたのおかげよ、キラ。」 その言葉が示す意味がキラには分からなかった。 だがそれより驚いたのは、先程の不安を思い出させた事。 彼女は言葉こそキラに感謝の気持ちを送っているが、その瞳は、表情は、まるで正反対の雰囲気を醸し出していたから。 精一杯の笑顔を作っているつもりなのだろう。だが、キラには分かってしまった。 キラは、最早今生きている人物の中で一番彼女の事を知っているのだから。 キラは不安を募らせながら、彼女の次の言葉を待った。 「・・・これを見る度にね、あなたの顔が浮かんだの。これをくれた時のキラの笑顔。 思い出す度に、死んじゃいけないって思えた。キラの分も精一杯生きようって・・・決めたの。」 結局キラは生きてたけど、と付け足すフレイは信念を貫き通す意志のある瞳で話す。 だが、ここからの彼女はキラの不安を一層膨れ上がらせていった。 「それで・・・言いたかったことは、ありがとう。と、今までごめんなさい。」 「そんな・・・僕は何もしてないしフレイも謝るようなことは」 「違うの。・・・それだけじゃ終わらない。」 何が終わらないんだ、とでも言いたげなキラに、フレイは言葉を選びながら話していく。 「私、この言葉をずっと言いたかったの。」 「・・・うん。」 「私がキラにしたことは・・・謝ったってとても許されるものじゃないって事は分かってる。 それでも、どうしても言いたかった。私の気持ちを伝えたかった。」 彼女は次の言葉を口に出そうとして、呑み込んだ。 どうしたのかとキラが彼女の俯いた顔を覗き込むと、キラッと光るものが見えた。 しかしそれは彼女の指輪からの光ではない。 頬を伝う涙が、光に反射して綺麗に一本の曲線を描いていた。 「フレイ・・・?」 「・・・私、キラが好き。」 「・・・・・・!!」 キラは信じられないとフレイの瞳を見つめる。 だが、フレイは視線を下げ指で涙を拭っていて、表情は分からなかった。 まさか告白されるなど思ってもみなかったキラは、何を放したらいいのか分からず焦るばかりだった。 自分の気持ちも素直に言った方がいいのか・・・それとも、今はフレイの言葉を待つべきなのか。 小さな葛藤に陥っているキラだったが、ふと顔を上げるとフレイも丁度瞳を上げて、視線が交わる。 「だから・・・終わりにする。」 「え・・・?」 「もうキラとは会わないわ。」 「・・・!?」 相変わらず溢れる涙に拭った意味は無かったようで、彼女の潤んだ瞳は焦点が何処にあるのか分からない。 だが、その表情は涙と重なって悲しみに溢れている。 「私が傍にいたらきっとキラを傷つける。・・・これ以上迷惑は掛けられない・・・。」 そう言うとフレイは俯き、キラに向かって歩き出した。 そして、すっと横を通り過ぎ、ドアへ向かっていく。 横で、香水の香りと、呟かれた言葉に唖然として、キラは立ち尽くしていた。 「・・・さよなら。」 フレイは、ドアの前でほんの一瞬立ち止まる。 シュッとドアが軽く開く音がする。一度目を細めたが、再びしっかりと前を見る。 そして、重い一歩を力強く踏み出した。 ・・・だが、二歩目の足を地面に付く瞬間、キラに腕を掴まれた。 「・・・・・・!」 突然の腕に走る痛みに足が止まる。 その隙を逃さずにキラはぐいっとフレイの腕を引き寄せる。 一瞬にして彼女の片足が地面から離れバランスが崩れ、身体がキラの方に向かっていく。 彼女の驚く顔がキラに向いたのはそれからだった。 ドッ!と、フレイは勢い良くキラの腕の中に収まった。 その後に聞こえたドアの閉まる音は、それまでの時間の短さを感じさせる。 フレイはあまりの衝撃に顔を滲ませた。 「んっ!・・・った」 「終わりになんかさせない!」 そう言うと、キラはフレイの顔を自分へ向け強引に唇を重ねた。 未だ状況についていけないフレイは、困惑気味に瞬きをする。 しばらくして離れたキラの顔を潤んだ瞳で見上げ、乱れた息を整える。 「僕もフレイが好きだよ。」 おそらくこの言葉に一番衝撃を受けたのは、キラではなくフレイだろう。 フレイはただ息を呑むことしか出来なかった。 「・・・そんなはずない。」 やっと発する事が出来たのはそんな言葉。 「そんなはずないっ!」 「・・・どうして?」 「だって・・・キラが私を好きになる理由なんてないじゃない! 私があなたを戦わせたのよ!?私がいなければ今頃・・・っ。」 溜めていたものが溢れ出した。 次から次へと流れる涙は、美しいものではなくボロボロと流れ落ちる。 キラの腕で支えられている彼女の身体は、今にも崩れ落ちそうに脆い。 「・・・戦争なんか関係ない所で・・・平和に暮らしてるわ・・・。」 確かにフレイの言うとおりだ。 キラを戦場へと駆り出していたのは紛れも無い、フレイが行っていた行為。 それは何の言い訳も通用しない、キラの未来を奪ったともいえる程の罪。 だが、キラはそんなフレイに反論の言葉を返す。 「でも・・・そうしてたら、今頃戦闘に巻き込まれて死んでるかもしれない。 僕を強くしてくれたのはフレイだよ。フレイがいたから、今僕はここにいるんだ。」 それでも彼女の顔は上がらないが、震えが止まったのは腕から伝わってきた。 彼女がキラの言葉に少なからず戸惑っているのは明らかだった。 俯いたままだが、足はキラの力を借りなくともしっかりと地面に付いている。 唯一触れているキラの腕をギュッと握り締めて。 「僕はフレイを恨んでなんていないよ。むしろ感謝してる。」 前髪に隠れた彼女の瞳が少し光って見えた。 彼女が眼を見開いたから。 あれほど悔やんでいた自分の罪を、キラはいとも簡単に許してくれた。 いや、正確には最初から憎んでなどいなかった。悪いと思っていたのは自分だけだったのだ。 だが、それではフレイの罪の気持ちが治まらなかった。 「でも私がキラを戦場に送り出していたのは事実よ。 貴方が許しても、私は私が許せない。・・・だから、さよならなの。」 言いながらフレイは埋まっていた身体をキラから離した。 弱弱しい顔と声がキラの胸を締め付ける。 だが、キラには引き下がる気は無かった。 諦める気など一欠けらも無かったのだ。 「・・・さよならなんてしたら、許さないよ。」 先程と正反対な呟きにフレイは咄嗟に見上げた。 言葉とは裏腹に笑顔のキラに、彼女は困惑の顔を浮かべるしかなかった。 それと同時に、次の言葉を待った。 それは、キラに許される条件のような気がしたから。 「これからも僕と一緒にいるって誓うなら、許してあげる。」 自分はこの言葉を待っていたのかもしれない、とフレイは思った。 いつになく冷静な自分がいる。 変わりに、目尻に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。 「・・・誓・・・います。私・・・」 顔に手を当て、泣きながら放すフレイをキラは優しく包み込んだ。 「何も言わなくていいよ。・・・分かってるから。」 泣き崩れるフレイを、キラは抱きしめ続けた。 ・・・ふいに、キラの顔がにじむ。 嬉しいはずなのに、・・・何故か、頭の中に一瞬不安が過ぎった。 それが大きくなったら、ここに居るフレイが今にも消えてしまうそうだったから。 フレイを強く抱きしめ、自分の中の安堵を必死で取り戻そうとした。 何処からくる感情なのか分からないまま、キラは安堵を取り戻しつつあった。 とにかく、今はこの時を後悔のないように生きると決めたのだ。 それならば、こんな感情に振り回されるのは時間の無駄。 キラはどうしようもない不安を振り払い、彼女の温もりを精一杯感じた。 |