ひと時の幸せ程 残酷なものは無い

























そこに在る証























アスランは、ミーアを自分の部屋へ連れて行った。

お互いずぶ濡れだった為シャワーを彼女に勧め、自分はコーヒーを用意した。

温かそうな湯気が上がる2つのコップをコト、とテープルに乗せる。







彼女は何故、突然ラクスでいる事を拒絶したのだろう。

あの表情と涙はどう見ても尋常ではない。

彼女に何があったのだろうか。







そんな事を考えている内に、ガチャ、とシャワールームのドアが開く。

バスローブに着替えたミーアが少し遠慮気味に口を開いた。





「アスラン、あの・・・服、どうしたらいい?」

「ぁ・・・ああ、中に置いたままでいいよ。洗ってもらうから。」

「・・・ありがとう・・・。」





そう言って薄く笑う彼女の目は僅かに赤く腫れているのが分かる。

アスランは表情を歪ませたが、とっさに笑顔を作り彼女に対処する。





「コーヒー、嫌いか?」

「えっ?・・・ううん。」





アスランに一瞬視線を向け、差し出されたコップを手に取った。

ミルクと砂糖を入れスプーンでぐるぐると円を描く手はゆっくりと動いていく。



意気消沈したような瞳には何も写っていない。

そんなミーアをアスランはじっと見つめているだけ。

カチャカチャと定期的な音が部屋に響く。



やがてスプーンを持つ手が止まり、ミーアはコーヒーをゆっくりと口に含んだ。

温かい味が口いっぱいに広まり、心も少し温まった気がした。





「・・・おいしい。」

「・・・そうか。よかった。」

「これ、インスタント?」

「ああ・・・悪いな。」

「・・・アスランが本格的に淹れてくれたら、もっと美味しいだろうな。」





そう話すミーアの表情は先程より幾らか柔らかくなったような気がする。

アスランもほっと胸を撫で下ろした。





「ミーア・・・」





このタイミングを逃すまいと、アスランは静かに口を開いた。

ミーアも彼の真剣な表情に、少々俯きがちに視線を彼の目に合わせる。







「ミーアは、ラクスでいる事が嬉しいんだろ?」

「・・・・・・」

「なのにどうしてあんな事を言ったんだ?」

「・・・・・・。」







ミーアはアスランの質問に口を閉ざしてしまった。

しかし、アスランは彼女の言葉を待つ。

先程とは違う空気が二人の間を流れ、静まり返った室内は微かに温度を上げた。



やがてミーアの俯いた顔から表情が見えるようになり、彼女の心情が見え隠れする。

息を吸い込んでは溜め息を落とし、何かを言おうとしているのが分かる。

必死に切り出そうとしても音にならない言葉。

そんな仕草を何回か続けた後、やっと彼女の口が音色を響かせた。





「ラクスさんは、私の憧れだった・・・。」





それでも何処か躊躇するように、淡々と話し始める。

ミーアがアスランにラクスの話をする事は、実は少ない。

会った当初すら口にしていたものの、それからは全くと言っていいほど話題に出なかった。

その代わり毎回彼女の口から出る言葉は、自分の周りの出来事。

演説に使う言葉で悩んでいる、コンサートスタッフと仲良くなった・・・そんな事。

彼女の話す言葉にさえも、先程の彼女の行動の真意が隠れているような気がする。

アスランは今更そんな事に気付いた自分に嫌気がさした。





「会った事はないけど、私の知ってるラクスさんは明るくて、優しくて、綺麗で・・・。

 私なんか到底追いつけないような遠いところに居る人だと思ってた。

 でも、今の私は、ラクス・クラインって名前を使えば誰でも本物だと思う位そっくりで・・・。」





ミーアは膝の上で握っていた手をテーブルの上に出し、拳をそっと広げる。

爪の後が残る掌を見つめ、再び呟き始めた。







「憧れのラクスさんになれたって、嬉しかった。

 毎日スポットライトに当たって、大好きな歌を歌って・・・本当に夢みたいだった。

 私は変わったんだ、私はラクスなんだって・・・でも・・・っ」







ミーアの瞳からじわ・・・と涙がにじみ出る。

我慢していた感情があふれ出した為か、その表情はひどいものだった。

開いた手を再び、今度は震えるほど強く握り締めた。





「ミーア・・・」

「お前はラクスじゃないって言われて・・・一気に力が抜けて、目の前が真っ暗になって・・・

 私は偽者なんだって・・・一気に現実に引きずり戻された気がした・・・。

 でも・・・っそしたら私の意味ってなんなの?」





真っ赤に染まり涙で溢れ返った瞳がアスランに向けられる。

ミーアの頬に涙が一筋の曲線を作ると、震える唇から最後の呟きが放たれた。







「「ミーア」を捨てた私がラクスでいる事も否定されたら・・・どうすればいいの・・・?」







彼女は自分を捨ててまでラクスになる事を望んだ。

彼女を批判したのは恐らく2年前のラクスのファンだったんだろう。

そういう熱狂的なファンは、自分の思い通りにならなければ殺人的な程の牙を向ける。

今の変わってしまったラクスが気に入らなかった、だからミーアに暴言を言った。



だがそれはミーアからしてみれば、変わった等という自覚は無く唯々悲しかったに違いない。

むしろ自覚も何も無く、ミーアが言われるべき言葉ではない、とも言える。

彼女はラクスではないのだから。







「だが・・・君は、それを言われる事も覚悟してラクスになったんじゃないのか?」

「・・・・・・っ」

「誰もがラクスが好きだとは限らない。それは君も分かってただろ?」







今のラクスはラクスではない、という人も沢山いるだろう。

そして、今のラクスが好きだという人もいる。

だが、どちらも人々にとっては「ラクス」なのだ。

そう言われる事でミーアがラクスではなくなった訳ではない。

これからもそれを言われ続けながら、彼女はずっと「ラクス」で在り続ける。







「俺は、どちらの君も好きだ。・・・でも、ラクスでいる時の事を話す君が一番好きなんだ。」

「・・・アスラン・・・。」

「君は、ラクスを捨てられない。けど、ミーアを捨て切れてもいない。」

「・・・え?」







アスランから好きだと言われとても嬉しかったが、その先の言葉に反応する。

無意識にきつく握った手の力を弱め、もう出ない涙の跡が頬を光らせた。





「何・・・言ってるの?私は、ラクスよ・・・「ミーア」は捨てた」

「なら何故ミーアと呼べと言った?」

「・・・・・・!」

「俺に、ラクスと同じように接しろと言わなかった・・・?」

「そ・・・れは・・・」

「自分の存在が消えるのが怖かった。

 だから偽者だと知っている俺には本当の名でと呼べと言った。・・・違うか?」







違う、とは言えなかった。

自分でも分からない。だが、きっと自分はそう思っているんだろうという確信は持てた。

アスランが言ったからなのか、自身が気付いていたからなのか、それは分からない。

しかしアスランが言うと妙に心の中に響き、その気持ちを認める事が出来た。







「じゃあ・・・じゃあ、どうすればいいのよ。私はこれからもずっとラクスよ。

 アスランは私にミーアでいろっていうの?私に、ラクスを捨てろって!?」







しかし認めた気持ちは、今度は刃となって心に突き刺さる。

新たに出来てしまった問題が彼女を追い詰め、もどかしさは納まりきれずアスランへと向かう。

椅子が後ろに転げ落ち、ガタンという音と共にミーアは立ち上がる。

アスランは突然の彼女の行動に驚きながらも、同じように立ち上がり彼女を宥める。





「ミーア」

「私はラクスでいたいの!ラクスでいる時が一番幸せなの!」

「ミーア、落ち着け!」

「ラクスでいる時が、私の存在する意味だって・・・ようやく見つけられたのに!!」

「ミーア!!」





興奮状態の彼女は何を言っても聞く気配がない。

アスランは、ミーアをぎゅっと強く抱きしめた。力を込め、逃げられないように。

ミーアはそこで言葉を切られ、その代わり再び頬を涙が濡らしていった。







「・・・どうして・・・そんな事言うのよぉ・・・っ」







背の服を力無く握り、振り絞られた呟きは胸を締め付ける。

アスランは更にきつく、でも優しく包み込むように腕に力を入れ、囁く様に話す。







「ミーアは、そのままでいいんだよ。」

「・・・何・・・」

「・・・ミーアも、ラクスも、君が持っていていいんだ。」







そう言われると微かにミーアの体が動き、次は全く動かなくなる。

何を言われたのか、分からなかった。





しばらく唖然と沈黙を保っていた。

カチ、と壁の時計が、まるで玩具のネジを巻くような音がした。





「・・・どぅ・・・して」





初めて動き出す人形の如く、ミーアはぽつりと一言呟く。

アスランはゆっくりと言葉を繋いでいった。







「本当の名は、絶対に捨てちゃいけない。それはご両親が付けてくれた立派な名だからだ。

 それに本当の名を捨てるという事は、自分の存在を消すという事だから・・・。」

「存在を・・・?」

「ああ。ここに居るのに、いない。そんな存在になってしまう。」







そう言うと、ミーアは俯きアスランの服を更に強く握り締める。

アスランは逆に抱きしめる力を緩め彼女の顔を真正面から捉えた。







「そんなの、嫌だろう?」

「・・・嫌・・・。」

「だから、絶対に捨てては駄目だ。

 それに、ラクスが君にとって欠かせない存在になってしまったなら、それも一緒に持っていればいい。

 我侭になったっていい。正直でいればいい。ミーアは、ミーアなんだから。」







涙が溢れる。

人は一体どれ位水分を持っているんだろうと思うほど泣き腫らした瞳から、また。

アスランはそんなミーアを優しく、腕の中に包み込んだ。











そして二人、長い夜を共に過ごした。







































朝、ミーアが目を覚ますと、薄暗い部屋の中で一人。

眠い目を擦りながら、ゆっくりと立ち上がる。







カーテンを開けると、昨夜から一度も止んでいないであろう雨がしとしとと音を鳴らす。

朝にしては異常なまでの暗さが、部屋は愚か外にまで広がっていた。



時計を見ると、午前5時30分。

もう、行かなくては。今日も仕事が朝から晩まで押し込めるだけ詰まっている。





しかし、ミーアは急かさなければならない体をのろりと、気だるそうに動かす。







「・・・アスラン。」







一度、彼の名を呼ぶ。虚ろな視線を這わせても、彼の姿は何処にもなかった。

今度は、もう少し大きな声で、もう一度呼ぶ。







「アスラン。」







しかし、返事はなかった。

再度愛しい名を呼んでも、またしても声は無い。気配すら、既に何処にも無かった。





夢のような出来事だった。

もしや本当に夢だったんじゃないかとも思えてくるが、しっかりと現実をかみ締める。



シャワールームの中、カゴの上には、昨夜自分が着ていた服。

濡れた筈の服は綺麗に洗われ、シワ一つ無くきちんとたたまれていた。







そして、二人で語ったテーブルの上には、掌ほどの紙切れが一枚。







『議長に呼ばれたから先に行く。すまない。また時間が出来たら連絡する。』

用件だけの、なんとも彼らしい置手紙を握り締める。





「もう・・・かえって会いたくなっちゃうじゃない・・・。」





なんとなく予想していた事態を飲み込んだ矢先、生まれた感情をそのまま言葉にする。

余計に寂しさでいっぱいになっていった自分を、止められなかった。











「アスラン・・・会いたい・・・っ」











言霊のようなミーアの言葉が、部屋の奥底まで染み渡るように響いた。

返事の変わりに、カチカチと機械的な音を奏でる時計の秒針が、現実を物語っているようだった。













ミーアは、ぐしゃぐしゃになった紙切れを手に、部屋を後にした。











本当の自分を、大切にしようと心に決めて。






























SEEDの時代に置手紙はアリか?アリか??

どうも、やっとの事で書き上げました後編です。ダークとかいっていまいちそれっぽくならなかった・・・。

突発的に書いた前編に繋げるものは突発的なネタしかない!という勝手な解釈の下、当日浮かんだネタをひたすら書き込んでました。

その為か(?)書き上げるのに1ヶ月以上掛かってしまい・・・満足した出来とも言いませんが。

私流アスミア、こんな感じです。頑張りました!!
06/8/18




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